新聞雑誌など

2019年11月13日 (水)

近畿と関西、何が違う?

10月12日放送の、NHK「チコちゃんに叱られる!」、の話題のひとつ。チコちゃんの答えは、「今は、近畿は国内用、関西は国外用、知らんけど」、でした。以下は、井上章一・国際日本文化研究センター教授の解説(この人面白い本を書いてます、読んだのは、京都ぎらい・ミッションスクールになぜ美人が多いのか<共著>・大阪的)。

近畿の「畿」は五畿七道の「畿」、都とか王宮という意味。五畿とは、大和・山城・河内・摂津・和泉、つまり、近畿は今で言う首都圏、現在の、京都府・奈良県・大阪府・兵庫県に当たる。

関西は、関東という表現が先に出来て、それに対するもの。「関」は関所の関。関東は、愛発(あらち)関・不破関・鈴鹿関より東、つまり、首都圏に対する未開地・田舎というような意味。明治になり、天皇が東京に行き、都と関東の関係が逆転、箱根関より西が首都圏に対するものになった。

現在、近畿には上記2府2県に滋賀県が入り、関西は更に三重県が入るかどうか微妙、ものによっては関西にも中部にも属している。

近畿の音は、英語の kinky(変態の・風変わりな)を連想させ、外国向けには使われなくなっているとのこと。合同庁舎近畿経済産業局の英語表記は、近畿が Kansai になっている。近畿大学は Kindai University、など。

kinky 絡みで、近畿グレートリング、というプロ野球チームも取り上げられていました。優勝したのに、次の年には「南海ホークス」になっています、キンキーとは関係ないかもしれませんが。この野球チーム、戦前は、南海軍・近畿日本軍、戦後は、グレートリング・南海ホークス・福岡ダイエーホークス・福岡ソフトバンクホークス、と変わっています。

「チコちゃんに叱られる!」、面白い!

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2019年11月12日 (火)

Win-Win は有り得ない

「大岡裁き」に「三方一両損」という話がありますけれど、あれが合意形成です。二人が対立しているとして、そこに第三者が出てきて、二人に譲歩を求める調停案を提示する。そのときに、その調停者も同じだけの損害を引き受けなければいけない。「損をかぶる必要がない人が損をかぶる」ことで初めて対立しているものたちが「いったい自分たちは何のために、これほど争っているのか……」と我に返るからです。Win-Winという言葉は、誰が作ったのかはわからないけれど、そんなことはありえないんです。話がまとまるのは、“Lose-Lose-Lose”なんです。三者が必要なんです。合意形成のための条件は二つあって、一つは「三人がみんな同じように不満足な解」であること。もう一つは「調停者は、損をする必要がないのに、当事者たちと同じくらいの損をかぶること」です。だから、よくできた合意形成というのは、全員の舌打ちとともに終わるわけです。

朝日新聞 &M 2019.07.12 共感にあらがえ<08>共感での連帯は危険!わかり合えなくても協働できる人間関係の考え方(内田樹×永井陽右)、から内田樹の発言。

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世界には今、損をかぶる調停者がいなくなり、グチャグチャになっているのでは?


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2019年11月 8日 (金)

購入ためらうプレミアム商品券

朝日新聞 声欄 2019.10.30
81歳無職の人からの投稿

 今、手元の現金2万円をいかに扱おうか考えている。私の住む市が発行する「プレミアム商品券」の購入上限額に相当する。めいっぱい買えば2万5千円分の買い物ができる。
 だが、問題その1は、利用可能な店のうち徒歩で行けるのは、食品スーパーが1軒に、クリーニング取次店が1軒のみ。自転車で行ける店なら、衣料品店やホームセンターなどさらに何軒かあるのだが、それらは他市なので券は使えない。なんせここは3市の境の地域なのだ。
 問題その2は、分割して買えるが1セット4千円(商品券5千円分)で、低所得の当人には小さくない金額ということだ。来年3月末までの使用期限もある。25%分のプレミアムだといわれても、年金月額9万円では前払いする気にはなれない。
 購入できるのは住民税非課税の世帯と3歳未満の子を育てる世帯。券を使えば、自分がどんな立場の人間か宣伝しているようなものだ。使う側の気持ちも考えてほしい。
 消費増税はしょうがない。しかし、こんな貧乏人にさえ増税後の景気下支えに積極的に加われと、お国から命令されているようで不快に思ってしまう。

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プレミアム商品券販売開始の日、ニュースで購入している人がにこやかにインタビューを受けていました。どう見ても3歳未満の子を育てている人には見えない年配者です。ということは、住民税非課税の人、それが悪いことではありませんが、自らそれを明らかにすることに抵抗はないのかなと思いました。そして上の投稿を見つけました。投稿者の指摘はこの制度の問題点をすべて明らかにしていると思います。政府に答えてもらいたいですね。

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2019年11月 4日 (月)

高級食パン

広島にも、全国展開の高級食パン店が幾つかあります。

2015年8月オープン、乃が美(こちら)。2016年11月、一本堂(こちら)、現在広島市内に3店舗。2017年3月、キューブ・ザ・ベーカリー(こちら)、このお店は全国チェーンではないようです、最近市内に二号店をオープン。2018年8月、食パン道(こちら)。2019年5月、季のわ(チョット遠いので未訪問、ここも全国チェーンではないようです)。2019年11月12日(もうすぐオープン)、考えた人すごいわ、ユニークな店名!

このブームに、金田一先生が噛み付いています。

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サライ2019年10月号、金田一秀穂による連載「巷(ちまた)の日本語」、第33回「高級食パン」。

「高級」という言霊(ことだま)の力に騙(だま)される

 この頃、高級食パンというのが出回っていて評判らしい。たかが食パンである。こんなものに高級なものがあるのか。
 食パンはかつて、一番つまらないパンではなかったか。近所のパン屋にパンを買いに行く。子供の私が欲しかったのはチョココロネやクリームパン、ジャムパンだった。食パンを買うというのでがっかりしたことがある。
 そもそも食パンという名づけからして安っぽい。食用パンであるという。あるいは食事パンであるという。どう考えても、いい加減でありすぎる。菓子パンに対してできているだけで、ほかに名付けようがなかったから呼ばれている名前に過ぎない。つまらないパンと言っているとしか思えない。
 食パンはバターかマーガリンを塗って食べるものだ。少なくともそのまま食べられるものではない。立ち位置は白米と同じもので、なければいけないけれど、それでいい食事ができるというものではなかった。
 大切なのはそれについてくるおかずである。ポテトサラダやマーマレードが要る。高級なパン食というのなら、ピンクの高級ロースハムや揚げたてコロッケである。食パンを高級にするということはない。
 パンを高級にするというのはわからないではない。たとえば「何たらカンパーニユ」だとか「フロマージュとベーコンのなんとかかんとか」という名前の付いた「ふんたらバゲット」とか「クロワッサンぽんたら」というのがある。ケーキのようなもので、高くて脂っこくて甘い。おしゃれな奥様が亭主のいない遅めのブランチとかでつまんで食べるのに使ったらいい。しかし、何度も言うが、食パンである。

近所のパン屋の4倍の値段も

 食パンにおいしいのがあることは知っている。近所のごくあたり前のパン屋は10時に食パンを店頭に並べる。
 その直後、まだ中身から湯気が立っているようなのを売ってもらって、スライスする前にそのままかぶりつく。これはおいしい。250円で買える。こんなおいしいものがあろうかというくらいのものである。
 高級食パンは、その4倍ぐらいの値段が付く。しかも、木の箱に入っているのまであるらしい。ばかばかしさの極みではなかろうか。「高級」という言霊(ことだま)の力に騙(だま)されているとしか思えない。
 食べたことのない人間が何を言っても無駄だ、一度食べてみろという声が聞こえてきそうだ。本当だ。食べたことがない。寄付は受け付ける。誰か奇特な人はいないだろうか。 

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確かに焼き立ては美味しい、素人が焼いたものでもそうだ。プロのものは冷めてからも旨い。金田一先生も最後に書いているように、まず食べてみるべきだ。そして、その感想を聞きたい。

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以前何処かにも書いたが、私が広島で一番好きな食パンは、鷹野橋商店街の「ぶらじる」(こちら)のハードトースト。食パン専門店でもないし、パン専門店でもない。でも、旨い。まだ食べたことのないパン好きの方、お試しあれ。

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2019年11月 1日 (金)

泥染め

絶望の泥染めをしないと、本当の希望が浮かび上がってこない。
(佐高信)
     ◇
 大島紬(つむぎ)が絹を泥に浸すことで独特の光沢を得るように、希望も絶望の果てに立ってはじめて真の輝きを得ると、評論家は言う。昨今の現実は「明るい話」や「安売り」の希望にもたれかかって済むものではない。でも人はそんな社会のありようを丹念に問い糾(ただ)しはしない。近頃そのことに焦(じ)れてばかりいると。『いま、なぜ魯迅か』の著者インタビュー(「青春と読書」11月号)から。

朝日新聞、鷲田清一による「折々のことば」2019年10月30日

 

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2019年10月31日 (木)

本との出会い

本は人との出会いと同じで、出会おうと思って出会うんじゃなくて、気づいたら出会ってしまうってこともあるんです。
芦田愛菜(まな)

15歳の俳優の読書歴は半端でない。僕は文字といえばお経と『家庭の医学』しかない家で育ったので、初めて本を一冊読み通したのは16の時でした。友人が夢中になっている本を借りて。愛菜さんよりうんとおくてでしたが、やはり同じ経験をしました。まるでその本が僕に向けて書かれたかのような。読書エッセー『まなの本棚』から。

朝日新聞、鷲田清一による「折々のことば」2019年10月27日

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芦田愛菜、すごい!

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2019年10月29日 (火)

さくら さくらん

さくら
さくらん
さくらんぼ

高橋順子

夫に先立たれたあと、不在という空っぽの時間に迷い込んだ詩人は、遺影にさくらんぼをお供えする。「さくらんした/さくらんぼ/さらまでくらいなさい/さくっ」。さらさらした音が、ゆくえの定まらぬ心情を繕い、ふと、思いがけない道をつたって夫のそばへ導いてゆく。天然の修復であるがごとくに。詩集『さくら さくらん』から。

朝日新聞、鷲田清一による「折々のことば」2019年10月26日

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心に沁みるいい詩だと思います。この詩集、読んでみるか。

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2019年10月28日 (月)

嫌韓嫌中言説

日本の前には、強権政治による成功モデルと、民主政治による成功モデルの二つがあることになる。
 嫌韓嫌中言説はこの二つの成功モデルに対して、競争劣位を味わっている日本人の「嫉妬」から生まれたものだと私は見ている。そして、「嫌中言説」が抑止され、「嫌韓言説」だけが選択的に亢進しているのは、この二つのモデルからの二者択一を迫られた時に、日本の政官財メディアの相当部分が「どちらかを選べというなら、韓国モデルより中国モデルの方がいい。民主政体より強権政体の方が望ましい」という選択を下したということを意味している。だから、嫌中言説の抑制と嫌韓言説の亢進が同時的に起きたのである。

内田樹の研究室、のブログ 2019-10-28 China Scare から。

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2019年10月27日 (日)

平凡はひとつの達成

いい茶碗(ちゃわん)だ――だが何という平凡極まるものだ
(柳宗悦〈むねよし〉)
     ◇
「大名物(おおめいぶつ)」といわれる茶碗「喜左衛門井戸」を初めて目にした時、思わずこう唸(うな)ったと民芸の思想家は言う。その根は「朝鮮もの」の並で質素な「雑器」にある。そこには何の「波瀾(はらん)」も「企(たく)らみ」も「邪気」も「技巧の病」もない。「造作したところ」の微塵(みじん)もないまさにその「無事」が器を健やかなものにしていると。平凡は一つの達成でもあること、忘れまじ。『柳宗悦 茶道論集』から。

朝日新聞、鷲田清一による「折々のことば」2019年10月21日

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2019年10月25日 (金)

語られたがる言葉たち

「語られたがる言葉たちが、語られるのを待っている気がするんです」谷賢一(脚本)

 福島第一原発事故をめぐる戯曲「2011年:語られたがる言葉たち」から。賠償金の有無、被曝(ひばく)差別、避難先でのストレスなど被災者たちの間に生じた亀裂と悲鳴。東京から視聴率のとれる画像を求められる中、現場を取材する地元テレビの局員はこう言い、地道な聞き取りを続ける。そして時には「誰かがノックし続けねっきゃ、開かねえ扉もあんでしょう」と迫っていく。

朝日新聞、鷲田清一による「折々のことば」2019年10月7日

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