新聞雑誌など

2020年1月27日 (月)

断食ー安楽死

朝日新聞 be on Saturday 2020年1月18日
(生老病死)山奥の僧院で感じた厳しさ
山折哲雄(宗教学者)

 断食や木食(もくじき)の歴史は、おそらく人類誕生のときまでさかのぼるだろう。それは飢餓と死の意識の発生とともに古いにちがいない。だが今、それは問わない。ブッダもガンジス上流の乾燥地帯で経験し、イエスもイスラエルの砂漠でやっている。古代中国の山岳寺院にも資料がのこされてきた。ヨーロッパ大陸の僧院でも、修道規則の中の詳細な食事規定としてあらわれてくる。それら東西古今の記録を集大成し、システム化すれば、今日の世界に出回る食事論議の中身に、血を通わすことができるだろう。
 忘れもしない。1976年の冬、クリスマスを前にフランスのリヨンからグルノーブル行きの急行にのり、寒村ヴォワロンに着いた。ここはスイスとの国境に近く、グランド・シャルトルーズ修道院への登り口で、俗世の人間を近づけない秘境だ。1084年に建てられた有数の修道士僧院は、厳しい日課をつらぬく。肉食禁止、独房、苦行用の毛シャツ、深夜における睡眠の中断などで知られる。作家スタンダールの故郷で、自伝的小説『アンリ・ブリュラールの生涯』にも出てくる。同名のリキュールの製造元としても知られる。
 朝早く、ハイヤーにのって山上に向かう。濃霧をついて渓谷の急斜面をはいのぼる。地上に突出する巨大な岩石、見上げるばかりに屹立(きつりつ)する石灰岩の断崖の連なり、渦巻く大気の中から突如あらわれる真っ黒な樅(もみ)の林……。私はこれまで、そのような山や森の奇抜な景観をみたことがなかった。そこは、われわれの山の神や祖霊たちが鎮まるような、生やさしい世界ではなさそうだった。山ふところに人間や家々が抱かれているなどという牧歌的な感覚は、日本の山にはあっても、ここシャルトルーズ僧院の景観にはあてはまりそうにない。むしろトーマス・マンのいう「魔の山」に近い、と実感したのだった。
 車が止まった先には、何とも無愛想な看板が立っていた。
  ここからは静寂の聖域
  シャルトルーズの砂漠
  一切の車、人間の通行を禁ず
 そのときのことを思いおこし、見たばかりのNHKスペシャル「彼女は安楽死を選んだ」のシーンに重ね合わせている。

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山折先生、NHKスペシャルを見たのですね。シーンに重ね合わせてどうだったのか。コメントは来週かな?

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2020年1月22日 (水)

身の丈

自分ではわからないし決められない
 身の丈というのは本来、身長のことである。
 身の丈に合った着物を着る。大きすぎてズルズル引きずることもなく、ツンツルテンで脛(すね)が出てしまうこともない。
 大きなのを着ようとしても似合わないし、小さいのを着たのではみっともない。自分の持って生まれた身の丈に合う着物を着るのが適切である。
 身の丈は身長のことだったのだが、後世になって、意味が拡大して使われるようになった。身の丈に合わない役職とか、当人の能力とか資質について言うようになった。
 人は時として、およそできそうもないことを無理やりこなそうとして、無能さが露(あら)わにされてしまう。ただ、身長のように目に見えることであれば、それがはっきり身の丈に合うかどうかわかるけれど、当人の能力については、判断が難しい。
 そもそも自分の身の丈がどのくらいのものであるのか、自分自身が判(わか)らない。
世間が決める自分の身の丈
 昔から、分(ぶん)を知るとか、分をわきまえるという言い方をする。知らないこと、わからないこと、できないことに出しゃばったり、偉そうに口出ししたりしてはいけない。
 人にはそれぞれ分際(ぶんざい)というものがある。この分際からはみ出してはいけない。分際をはみ出すと、世間から指弾される。身の程知らずと言われる。
 しかし、分際とはどんなものなのか、自分の分際がどのようなものであるのか、自分で判断するのは難しい。わかっていれば苦労しない。その人の分際とか身の丈は、身の回りにいる世間の人々が決めるのだ。
 その評価を何となく理解しながら、自己評価する。自分はこんなことができる、こんなことはできないということを、成長するにつれて理解するようになる。
 身の丈は世間が決めるということはしかし、自分で決めなくていいということでもある。だから若いうちはいろいろ試す権利を持つ。ある時は成功するけれど、ある時は絶望する。その繰り返しで身の丈がわかってくる。身の丈知らずでもかまわないのだ。
 ただし、巷間(こうかん)言われている身の丈に合う受験というときの身の丈は、その人の能力ではなく、居住地域とか経済力とかであるらしい。それは身の丈ではない。そう言う文科大臣は、誰よりも一番、身の丈に合っていないと言える。

サライ2020年1月号、金田一秀穂による連載「巷(ちまた)の日本語」、第36回「身の丈」。

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2020年1月21日 (火)

木食ー断食

朝日新聞 be on Saturday 2020年1月11日
(生老病死)先祖たちがつみあげてきたこと
山折哲雄(宗教学者)

 自分の最期は断食で、と何となく思っていた。30代後半のころだ。1969年2月、寒い日だったが、中央線の吉祥寺駅前の居酒屋ではげしい吐血と下血で倒れ、近くの救急病院に運ばれた。全共闘の学生が立てこもる東大時計台はすでに落城、運動はやがて収束にむかっていった。
 以前にも書いたが、私はこれまで消化器系の疾患に悩まされ、入退院をくり返してきた。そのときは十二指腸潰瘍(かいよう)の再発で、ただちにベッドにしばりつけられ断食療法に入った。古い手帳を繰ると、そのときのことが克明に記されている。何しろ点滴だけでいのちをつないでいるのだから、日に日に飢餓感がつのる。餓鬼の苦しみはこのようなものかと暗い気分になったが、不思議なことに4日目あたりからそれが薄らいでいった。からだが軽く浮くようで、清澄感のようなものがあった。そんな横臥(おうが)したまま退屈な時間をやりすごしていたときに蘇(よみがえ)ったのが、中世期に記録された「往生伝」や「高僧伝」、比叡山で修行していた坊さんたちのエピソードだった。
 多くが晩年になって寿命を悟ると、たいていは精進や断食の行に入って命終(みょうじゅう)を迎えていたのである。いさぎよい進退というよりは、むしろ死の作法がそのように定まっていたのではないかと思った。
 私の入院生活は胃腸の潜血反応が一向におさまらず、4カ月に及んでようやく娑婆(しゃば)にもどることができた。そして、それ以来、私は死ぬときは断食でと自分にいいきかせるようになった。あの宙に浮くような軽快感が忘れがたかったのである。おそらく遠い先祖たちが気の遠くなるような時間を重ねてくりかえしてきたであろう飢餓対策の成果も、そこにはあるのではないか。
 それから、すでに半世紀が経つ。
 その間、医療技術はめざましい進化を遂げ、そのおかげで私なども命ながらえることができたが、薬物や栄養分を管で注入する緩和医療や延命治療には強い違和感をもちつづけてきた。致死量の薬物を使用する類いの終末医療には賛成しかねる思いが消えなかった。先祖たちがつみあげていたはずの木食(もくじき)(精進)―断食による食のコントロールという人類の知恵になぜ学ぼうとしないのだろうか。

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木食とは、火の入った食物をとらず、木の実や果実のみを食して、肉類、米穀、野菜を常用しない修行。
この木喰戒で修行する僧侶(そうりょ)を木喰(木食)上人(しょうにん)といい、あまたいるなかでとくに有名なのは、木彫りの仏像の制作で知られる木喰五行明満(ごぎょうみょうまん)(1718―1810)という人。江戸後期の僧侶で、木喰行道(ぎょうどう)、木喰菩薩(ぼさつ)などとも名のっていたそうです。

前回の生老病死で安楽死を遂げた人に断食を勧めていた(こちら)理由が少し判ったような気もする。

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2020年1月19日 (日)

二者性

「人あっての社会」障害の娘から学んだ 元全共闘の教授
朝日新聞2020年1月3日 最首悟へのインタビュー記事から

 元東大全共闘活動家で、和光大名誉教授。そんな肩書で紹介されることが多い最首悟さん(83)だが、本人は自分を「星子(せいこ)の父親をさせてもらってる人」と笑う。

 「無用の用という存在」の星子さんとの日常で「自立」の呪縛から解放されると、いのちの最小単位はもたれ合う誰かとの「二者」だ、と考えるに至る。「明治の脱亜入欧以来、日本人は一人で全社会と対峙(たいじ)する『個人』を目指し、なり損なった。頼り頼られ、甘えていいんですよ。お茶を『いれました』ではなく『はいりました』と自然に表現する日本人にとって、自分の中に感じる『だれか』の気配はどうにも追い出せないし、安心のもとでもある」
 社会が規定する権利と義務を振りかざさなくても、心の中の「あなた」を意識すればむちゃはできない。泣き叫ぶ赤ちゃんを「放っておけない」という「内発的義務」が社会を作り、後からそこに権利が生まれる、と考える。「人あっての社会ですよ。社会主義革命から100年。マルクスの思想を好意を持って見てきたが、社会主義とは『社会のために人がいる』という発想の温床だった、と今は思う。“転回”と認めてもいい」
 社会が先に来るから、人の価値が「生産性」や「役に立つか」で判断される。「二者性」は、競争に凝り固まり、イライラと疲れた現代を柔らかくほどく鍵ではないかと最首さんは言う。「生産的なことは何もしない存在をかばうため、周囲はいがみ合わず、お互いにまとわりついて暮らす。自己決定、自己責任の『個の力』が仕切る社会像に比べて、ぼんやりと温かく、切り捨てられない安心感がある。一人でいられない弱さにこそ未来がある」

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人は時の経過とともに変わる! のがいいのか?

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2020年1月18日 (土)

Onepieceの組織論

 もちろん生身の身体に担保されないイデオロギーでも、人間たちを殺し、都市を焼き、文明を破壊することはできます。むしろ、イデオロギーだからこそできる。でも、作り上げることはできない。蕩尽することはできるけれど、創造することはできない。この世界で「創造」ということができるのは人間の身体だけだからです。一日八時間寝て、三度の飯を食って、ときどき風呂に入ったり、昼寝したり、宴会をしたりしていないと生きた心地がしない、そういう手のかかる、壊れやすい身体だけがこの世界に価値あるものを創り出すことができるからです。
 テロリストたちはつねに堂々たる大義名分を語ります。そして、それが完遂されるために「多少の非戦闘員が『そばづえ』を食うくらいの損害はやむを得ない」とうそぶきます。そこには生身の身体が感じる痛みに対する共感がありません。傷の痛みや、飢えや渇きや、家郷を失うことの絶望感をリアルに感知する器官がテロリストには備わっていません。
生身の身体の「傷つきやすさ」に怯えや気後れを感じないものが「テロリスト」である。僕はそう思います。彼らに与してはならない。
 ルフィーは「傷つかないもの」と「傷つくもの」の間の対立においてはつねに「傷つくもの」の側に与してきました。それは「生きるもの」の側に与するということとほとんど同義なのです。この風通しのよい真理を語るものが現代社会にはあまりに少なくなってきたがゆえに、人々は『Onepiece』を熱く支持し続けているのだと思います。

内田樹の研究室、のブログ 2020-01-11 samedi「Onepieceの組織論」から。全文はこちら

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2020年1月17日 (金)

阪神淡路大震災25年

だが、人々が直面しているのはつねに「過去をひきずった今」なのである。
(安克昌〈あんかつまさ〉)
    ◇
阪神大震災から3年後、神戸の「復興」は着実に進んだが、住民にはどこか「しっくりこない」思いがあったと、震災後ずっと全力で救護活動にあたった精神科医は言う。喪(うしな)った家族は戻ってこないし、転居に次ぐ転居や失業で「再建」に行き詰まった人も少なくない。震災の記憶は「日々の生活のストレス中に溶け込んで」いると。『心の傷を癒すということ』(新増補版)から。

鷲田清一による折々の言葉 朝日新聞 2020.01.17

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街が一面火の海となり、高速道路の橋脚が倒壊し、などなど、声も出ない様な光景を見せ付けられ、こんなことは二度とあってはならない、この日を忘れてはいけない、と思ってから二十五年。それから幾度も悲惨な恐ろしい災害を見て来たが、何と言ってもここが原点だろう。その原点にたち返ろう!

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2020年1月16日 (木)

同調圧力

 私は安保闘争を体験した人間です。主義主張もなく、言われるがままデモに参加した私たちは、「坊ちゃん左翼」と周囲から、からかわれたものです。
 同級生の中には、自らの意志で安保に参加しなかった人間がいます。彼らはしかし「裏切り者」と呼ばれ、いまだに同窓会名簿から除名されたままです。
 ナチスのユダヤ人虐殺には、多くのドイツ人が積極的に関わったことが知られています。集団心理が働き、人々を駆り立てたのでしょう。安保山闘争も同じです。集団的圧力が同調を強(し)い、多くの学生はその空気に流されたのです。冷静さを失ってしまった。
 では、フランクル(『夜と霧』の著者)やレーヴィ(『これが人間か』の著者)は、なぜ極限にあって、冷静でいられたのでしょうか。 フランクルはフロイトなどに師事した精神科医です。レーヴィもまた、大学の理工学部で学んだ化学者です。彼らにはよって立つ科学があった。科学は時として、お金にならなくても研究をしなければならない。世間に流されずに自分の信念を貫いた先に、真の研究がある。彼らの強さはここにあります。
 今の日本は、戦前や安保の時と同じく、同調圧力が強まっています。フランクルやレーヴィのような冷静さこそ必要とされていると、私は思っています。

サライ2019年2月号、サライBOOKレビュー、藤田紘一郎(医学博士・80歳)人生を変えたこの一冊、から。

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2020年1月15日 (水)

餓死

朝日新聞 be on Saturday 2020年1月4日
(生老病死)「安楽死」による最期に思う
山折哲雄(宗教学者)

 正月早々、縁起でもないよと言われそうだが、橋田寿賀子さんの「安楽死で死なせて」と、樹木希林さんの「死ぬときぐらい好きにさせて」のメッセージが、この国にこだまするようになっている。
 年末、その声を背に、いま話題になっている宮下洋一氏の『安楽死を遂げた日本人』(小学館)を読んでしばし感慨にふけった。帯には、NHKスペシャルで大反響! 「安楽死は私に残された最後の希望の光」とある。主人公は多系統萎縮症という難病を患った小島ミナ氏。50歳で独身。全身の機能が徐々に衰え、やがて摂取も排泄(はいせつ)もままならなくなる。はるかスイスに赴き安楽死による最期を迎えようと決意する。
 著者の宮下氏はフランスやスペインを拠点に活動してきた国際的なジャーナリストで、安楽死を認めるスイスなどで取材を重ねてきた。その仲介のもとさまざまな困難をのりこえ、ゴールに至るまでの迫真の追跡がはじまる。冒頭で驚かされたのは、安楽死をおこなう医療機関が「自殺幇助(ほうじょ)団体」を名乗っていることだった。
 悩ましいのは、闘病の過程で何度も自殺をはかり、こころの葛藤に苦しみつづける姿だった。それでも安楽死を遂げようとの決意には、いささかもぶれがみられない、その気丈な性格。若いころは職場で、ミス・セクシーに選ばれるほどの活発で可愛い女性だった、という。
 それが最期の場面ではベッドに横たわり、医師の介助で点滴を装填(そうてん)され、あらためて確認事項をきかれて、答える。
  Yes, I will go to die.
  はい、私は死ぬのです。
 準備がすべてととのい、小島さんは最後の最後、点滴のストッパーを親指でこじ開ける。チューブに入った致死薬が血液のなかに融(と)けていった。死亡が確認されてから30分後、警察官と検屍(けんし)官がやってくる。カメラに収められた「自殺幇助」の瞬間だ。
 そこまでの一部始終を読み終えたとき、私の胸の奥にこみあげてくるものがあった。宮下氏が冷静に書きとめているドキュメントにたいして噴きあげてくるものだった。
 小島さん、あなたはなぜ、断食による最期を迎えようとされなかったのですか。

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私は文中にあるNHKスペシャルを見ました(こちら)。『安楽死を遂げた日本人』は読んでません。山折氏は恐らく私の逆なのでしょう。その為でしょうか、この文章に多少違和感を覚えます。これまで「生老病死」にそのようなことを感じたことはありません。特に、断食による最期、と提唱する意図はどこにあるのでしょうか。詳しい説明が聞きたい。

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2020年1月14日 (火)

安倍政権 by 内田樹

 国民全体が同時的に潤う(あるいは「協和的な貧しさ」のうちに安らぐ)ということをもう現在の政府はめざしていません。「選択と集中」とか「トリクル・ダウン」とかいうのは、平たく言えば「勝てるやつに資源を全部集めろ(勝てないやつは「おこぼれ」を待ってじっとしてろ)」ということです。新自由主義的な政策は貧富の間で国民が分断されることをむしろ積極的に推し進めている。国民の分断を「危機的事態」と見るか、それともただの日常的風景と見るか、それがかつての自民党政権と安倍政権の本質的な差だと思います。
 安倍政権が先行者たちと決定的に違うのは、意図的に国民を分断することから政権の浮揚力を得ているという点です。今の選挙制度なら、有権者の30%のコアな支持層を固めていれば、残り70%の有権者が反対する政策を断行しても、政権は維持できることがわかったのです。

内田樹の研究室、のブログ 2020-01-07 ”Give democracy a chance” から。全文はこちら

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2020年1月 6日 (月)

肉肉しい

初めて聞くのに分かってしまう説得力
 夕方のテレビ番組は、ニュースとは名ばかり、本当のニュースをあまりやらず、いわゆるグルメ情報が多い。
 今日もかわいらしいお嬢さんが出てきて、「とってもにくにくしい」と言いだした。べつに腹を立てている様子はない。むしろニコニコしている。分厚いソテーを嬉(うれ)しそうに頬張(ほおば)っている。「憎々しい」ではなく、「肉肉しい」と言っているらしい。
 味覚について正確に言葉に換えるのは不可能である。取材の現場ではいろいろな工夫がされていて、テレビのグルメリポーターたちは語彙(ごい)力を振り絞って美味しいものを美味しいように表現しようとしている。
 「まったり」とか、「味のテーマパーク」とか、「まいうー」とか、「ジューシーを通り越して、ジューゴ、ジューロクやあ」などなど。そのうち味覚の言語化ではなく、表現の芸のようになってくる。見ている人は、「美味しい」ということをどう表現するかを聞いているだけで、だんだん飽きてくる。食べたときの楽しさ、嬉しさは、美味しさだけではないだろうと薄々感じっつあった。
 そこで、肉肉しい。初めて聞く言葉なのに、意味が分かってしまうところが面白い。
 とても肉らしい味がする。最初のときの肉の味だけでなく、肉を噛(か)んだときに口の中に広がる肉の風味。喉(のど)どし。肉のエキス。肉好きには逆にたまらない肉の臭みさえ、言えてしまっているようなところが画期的である。説得力がある。
つなげると新しい味覚表現に
 と思っていたら、こんどは「いもいもしい」というのが現れた。「忌々(いまいま)しい」とは違う。「芋芋しい」なのだ。
 芋の味は、ただ甘いだけではない。こつてりとした重みというか、口内の水気を吸い取られてしまうような、息詰まるような感覚と言うか、口当たりや歯ごたえの素材感が芋の魅力として欠かせない。いかにも芋である。「いもいもしい」も悪くない。
 こうしてみていると、モノの名前を二つつなげると、新しい味覚表現が可能になる。一部では、「ツナツナしている」というのがあって、ツナ缶を噛みしめたときの歯触りを言う。
 ただし、桃の独特な口内感覚を言おうとして、「ももももしい」となると、これはちょっと言いにくい。
 次にどんな言葉が出てくるか、楽しみにしている。

サライ2019年12月号、金田一秀穂による連載「巷(ちまた)の日本語」、第35回「肉肉しい」。

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