新聞雑誌など

2019年6月20日 (木)

秋葉原のカリスマメイド

5月21日放送、プロフェッショナル 仕事の流儀
「笑顔に、笑顔は集まる~メイド hitomi 」

秋葉原のカリスマメイド・hitomi(志賀瞳)を追った番組。メイド歴14年。料理や飲み物にかけるおまじない「萌え萌えキュン」など、個性的な演出を数多く編み出し、メイドカフェの礎を築いたパイオニア。夢は「メイドカフェを文化にすること」。
フーンと思って見ていたが、最後に唸った。何時もの「プロフェッショナルとは」との問いに:
同じことを飽きることなく続けられる人、そして、そのひとつのことを磨き続けられる人、がプロフェッショナルだと思います。

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2019年6月16日 (日)

令和

公式発表の文字を手本に?
改元を機に、街には新元号に関する文言があふれました。整体院の看板には〈新時代の幕開け 令和〉の手書き文字。その書き方には特徴があります。「令」の字の最後の画を縦棒にしているのです。
「令」は、明朝体などの活字では最後が縦棒になりますが、手書きでは「マ」のように点を打つ形が一般的です。小学校の教科書でも「令」の下側は「マ」の形です。
一方、官房長官が公式発表した楷書の「令」は、活字と同じく最後が縦棒になっていました。もちろん、こう書いてもよく、書き取りのテストでもマルになりますが、普通は「マ」のように書きます。
ところが、今では、街で見かける手書きの「令和」の「令」のほとんどが、最後を縦棒にしています。公式発表の文字が美しかったため、誰もがそれを手本にしているのでしょう。下側を「マ」にしている手書きの実例はきわめて少数です。
この分だと、「令」の最終画は、手書きでも縦棒が一般的になるかもしれません。改元の意外な影響というわけです。もしそうなったとしても、2つの字形のどちらも正解であることは強調しておきます。

朝日新聞 be on Saturday 2019年6月15日号
(街のB級言葉図鑑)令和 飯間浩明(国語辞典編纂者)から

なんとなく違和感のある元号でしたが、この書き方だったのかも。令の字画が少ないことで安定感がないような気もします。まあいずれにしろ、私は未だ年号使用で書いたことはないし、これからも滅多に書くこともないでしょう。「平成最後の」と同様、「令和最初の」も使うことのない表現でした。

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2019年6月15日 (土)

ニューヨーク公共図書館

僕にとって、ニューヨーク公共図書館は民主主義の実例であり、アメリカの最も優れた一面の象徴なんだ。(フレデリック・ワイズマン)

ドキュメンタリー映画「ニューヨーク公共図書館」のパンフレットから。この映画では、書籍の収蔵・案内に止(とど)まらず、それぞれに困難を抱えるすべての階層、民族、世代の人々の「手助け」に情熱を注ぐスタッフたちの姿が撮れたと、監督は語る。その囚(とら)われのない眼(め)が、無味乾燥ともみえるこの空間に「民主主義の柱」を発見した。

朝日新聞、鷲田清一による「折々のことば」 2019年6月13日

この映画は来月中頃横川シネマで公開予定、見に行く予定です。

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2019年6月12日 (水)

人間の持久力

人間の耐久力、絶対的な限界は「胃」で決まる? 究極のアスリート研究 2019年6月7日【AFP】より一部抜粋
人間の耐久力は真に並外れている。これはおそらく人類が200万年にわたる狩猟採集生活の中で受け継いできた特性だろう。簡潔に言えば身体的限界に迫られたとき、人間はサルをはるかに上回る。人間の耐久力の限界はおそらく筋肉や心臓よりも、消化活動に関連しているのではないか。人間と動物の重要な違い、「他の動物は非常に賢く、人間のような尋常でないことはせずにいるのだ」。

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2019年6月11日 (火)

使い捨て

物を使い捨てにするのはそれを作る人々を使い捨てにするようなものだ(ナオミ・クライン)

     ◇

限りなき成長を求める市場の大量消費/廃棄のサイクルから抜け出ないと、人の搾取もなくならないと、カナダのジャーナリストは言う。店の棚には「安すぎる」商品が並ぶが、これをラッキーと思う前に、どんな経費を削ってこの価格であるのかを想像しなければ。米国の実業家、Y・シュイナード著『新版 社員をサーフィンに行かせよう』(井口〈いのくち〉耕二訳)に寄せた序文から。

朝日新聞、鷲田清一による「折々のことば」 2019年6月9日

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2019年6月 9日 (日)

芸者・赤坂育子

5月21日放送、プロフェッショナル 仕事の流儀
「芸者として生きるということ~芸者・赤坂育子」

すごい人です、感動しました。
大切にしているのは、日々の積み重ね。
79歳、62年間ずっと現役、
若々しい、化粧していない方がもっと若々しい。
過去には、岸元首相、石原裕次郎、などが顧客。

置屋もやっていて、そこでの食事の前、皆で復唱
一つ ”はい”という素直な心
一つ ”ありがとう”の感謝の心
一つ ”私がします”という奉仕の心
一つ ”おかげさま”という謙虚な心
人には愛 花には水
初心忘るべからず 言い訳は口ごたえ

お決まりの質問、プロフェッショナルとは:
自分が選んだ道は最後までやり遂げていく
それで自分なりに満足する又周りの人が満足する
それでいいんじゃないか

まだまだ現役を続けるそうです。

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2019年6月 7日 (金)

くじ引き民主主義

トランプやブレグジットは、ポピュリズムが席捲した結果と考えるより、既存の議会制民主主義が機能不全を起こしていることの結果。
こうした制度(議会制民主主義)が支配的になる前には、アリストテレスが言ったように抽選制こそが民主的であって選挙は寡頭制の特徴であり、モンテスキューも抽選制こそ民主主義の本性であり、選挙は貴族制の本性だと説明していたのだ。
もし現在の民主主義の形が行き詰まりを見せているのであれば、別様の民主主義が模索されなければならない。それも新規なものではなく、すでに過去において、あるいは他国ですでに実践されている民主主義のあり方が。その一つの例が、くじ引き民主主義なのだ。
高度に専門的な判断ではなく、万人に関わるような課題にこそ、権力の集中を避けるためにくじ引きは用いられるべき。
実は身の回りを見渡せば、くじ引きは少なくない場面ですでに存在している。日本の議院規則では首相や議院議長の得票数が同数の場合はくじ引きで最終的に選ばれると定めているし、一部の教育大付属小学校の入学も抽選で行われている。

現代ビジネス2019.05.19:吉田 徹(北海道大学教授)
いま「くじ引き民主主義」がヨーロッパで流行中、その社会的背景
「民主主義疲れ症候群」への処方箋

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2019年6月 5日 (水)

ひっそり逝く自由

興味深い記事ですが、三千文字を超えます。興味があれば。

論座 朝日新聞編集委員・市川速水
「ひっそり逝く自由」を考える~ある著名学者の死
「訃報になりたくないという願い」を遺した人の訃報を載せるべきか否か
 今年初め、改元を前にして一人の大学名誉教授が死去した。その道の大家の一人だった。
 しかし、「死後、一切の公表を控えて欲しい」という故人の強い遺志により、いまだに訃報記事は世に出ていない。
 95歳だった。
 第一線からの引退は30年も前のことになる。メディアの訃報のあり方そのものにかかわる事例であるとともに、自分の死の始末をどう考えるか、遺志というものがどの程度、社会通念として定着していくのか、時代の変化を象徴する課題の出現ともいえる。
訃報記事の掲載の線引き
 芸能人、政治家、経済人、学者…。訃報(死亡記事)の閲読率は高い。社会面の片隅に小さな字で載ることが多いが、経済面など専門的な面に載ったり、場合によっては片隅でなく、見出し付きで大きく、あるいは1面に載ったりすることもある。
 朝日新聞社が作成している「用語と取り決め」という社内用の手引き本にも重要な項目として数ページを割いている。
 だが、本当のところ、どんな場合に掲載するかしないか、記事の大きさをどうするかは昔も今も決まっていない。
 「手引き」にも定義がない。「有名人や著名団体・組織の役職者、大学教授などの肩書だけにとらわれず…」「社会面に掲載するのが一般的だが、肩書や重要度、紙面スペース次第で適宜、1面、経済面、スポーツ面、地域面などに振り分ける」など形式的な言い方にとどまっている。
 具体的に定義づけられないのには、いくつかの理由がある。
 新聞で訃報を扱う意味・理由としては以下のように分類できる。
①著書やメディアへの露出で世間にかなりの程度知られている人だから
②研究や様々な業績で社会に貢献した人だから
③人間国宝、勲章受章者など、国家的権威がその技能を認定した人だから
④企業の社長・役員経験者やその親族の訃報は業界内で話題となり、通夜・葬儀の日程を知って駆けつけなければならないこともあるから
 これらのどれかをクリアしていることが掲載の条件となる。
 とはいえ、それぞれの線引きは難しい。
 上述の例に対応させれば、①メディアに出たがりの、たいしたことがない薄っぺらな文化人も「世間にかなり認知されている」と言っていいのか②社会的な業績とは何を指すのか③国や団体の権威をそのまま鵜呑みにして迎合するのか④役員の妻など、あまりにも業界向けを意識すると「世間で知られている人」と矛盾するのではないか、など、結局は載せる側の感性や、読者に対する根拠不明の「需要度」に照らし合わせるしかないからだ。
訃報記事を巡る変遷
 新聞社の編集局には、見出しを付け、紙面全体のレイアウトを考えたり、どの記事を何面に載せるかを判断したりする整理部(朝日新聞では「編集センター」という呼称)という重要な部署があるが、昔から「最も大事な仕事の一つ」といわれてきたのが訃報記事の扱いだ。
 私も整理部に勤務していた時、研修の一つとして「誰が亡くなったら、どの面でどのぐらいの大きさか」を瞬時に判断するというテストをされたことがある。実際、夕刊編集の現場で若手の歌手が自殺したというニュースが飛び込んで来た時、中年の整理マンが普通の訃報にしようとしたら、そばでアルバイトの学生が大騒ぎしているのを見て、あわてて大きな見出しを付けたのも見てきた。判断力を磨こうにも、伝統芸能から研究者、昔の政治家の業績まで網羅することは不可能なことだ。
 このように掲載基準は、あるようなないような曖昧さなのだが、約30年間の平成時代に顕著になった二つの現象がある。それは、通夜や葬儀を親族ら近親者で済ます、あるいはすでに済ませてしまって葬儀に駆けつける需要に応えられない例が増えたこと。もう一つは、亡くなったことすらすぐには公表されず、しばらくしてから何らかの理由で明らかになって訃報として世に出ることが多くなったことだ。
 この変化を分かりやすく示す実例が、平成の初めに起きた。美空ひばりさんが1989(平成元)年6月、52歳で死去した。0時28分に病院で亡くなり、その日付の朝刊に各社が1面や社会面で大展開するという、寸秒を争う報道合戦が真夜中に繰り広げられた。
 これが昭和の名残の訃報取材だとすると、対比されるのは、その3年後の5月、漫画「サザエさん」の作者として知られる長谷川町子さん(当時72歳)が亡くなったことだ。公表されたのは約1カ月後だった。町子さんの強い遺志で死去が伏せられていたが、納骨が済んだので姉が公表に踏み切った、とされた。
 ムード歌謡「有楽町で逢いましょう」の歌手、フランク永井さん(当時76)も、2008年、近親者で葬儀が営まれ、1週間後に死が明らかになった。ステージから離れて23年が経っていた。
 昭和の時代を彩った人たちの死は、それ自体がニュースといえる。第一線から退いて永くても、本人に公表されたくない遺志があったとしても、歴史上の人物として記録される「宿命」を帯びる。
 戦前から戦後にかけて映画界のトップスターだった原節子さんは、引退して53年も経った2015年9月、95歳で亡くなったが、報道されたのは2カ月半後だった。
訃報になりたくないという願い
 では、冒頭の名誉教授はどうなのか。
 国立大学を退官して、ほぼ30年。その後も複数の私立大学に招かれたが、ここ数年は教え子の訪問を受ける傍ら、静かに自宅で過ごしていた。全身が緩やかに衰えていく大往生だった。
 マスコミ嫌いでメディアに出ることはほとんどなかったが、その研究は国内外で高く評価された。「30年」の年月をどう勘案するかだが、慣例からいえば訃報の条件をクリアしているだろう。
 昭和の時代は、自分の死が新聞に載るのが、一種の社会的ステータスだった――。教授に昇進した人から、あるいは大会社の役員になった人から、何度となくそう聞かされた。
 しかし、高齢化が進んだ平成の間に、自分の死と死後に対する価値観が大きく変わった。
 一線を退いて数十年もたち、友人も亡くなって少なくなった。葬儀をしてもカネがかかるし、老いた配偶者に迷惑がかかる。だから自分の死は公表しなくてもいい、公表するとしても葬儀の後でいい、墓はいらない、遺骨は山や海にまいてほしい、などと考える人が確実に増えているのが実感だ。
 学問の世界は、訃報記事に関する限り、元々、差別的な扱いになっている。大学教授、名誉教授は載る確率が高い。高校教師や小中学校の教諭だと、よほど目立った活動をしていないと載ることは少ない。教え子が多いか少ないかは関係ない。
 ただ、大学教授の方が専門分野に特化しており、目に見える研究成果がある人も多く、「恩師」と感じる教え子は多いだろう。生死を真っ先に知りたい人、葬儀に駆けつけたい人もいるだろう。
 それが「一切、必要ない」という遺志があった場合、関係者やメディアはどう受け取るべきか。この世から去ったという事実は事実なのだから、遺志を無視して報道すべきなのだろうか。第一線から永い間遠ざかったとはいえ、忘れた人もいるし、ずっと覚えている人もいる。
 「この人の死は訃報として載せる価値があるかどうか」という昭和的な問題を超えて、いま、「訃報になりたくないという願いを遺した人を、それでも載せるかどうか」という新たな課題と向き合わなければならない時代を迎えたことは間違いない。

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2019年5月31日 (金)

ディスる

 「空前絶後のディスり合戦開幕!」。話題の映画「翔(と)んで埼玉」のうたい文句です。埼玉県人にはそこらへんの草でも食わせておけ、と東京都民から埼玉が過激にディスられる架空の設定ながら、なぜか地元で大ウケ。さっそく鑑賞し、大いに笑って埼玉愛に胸が熱くなりました。キーワードは「ディスる」です。
 「現代用語の基礎知識2019」によると、「ディスる」は「軽蔑する、けなす」の意で、英語の「disrespect(ディスリスペクト)」から。
 文化庁はすでに13年度の「国語に関する世論調査」で、外来語や名詞に「る」「する」をつけて動詞にする言い方を調査、「サボる」「パニクる」などとともに「ディスる」も対象でした。結果は「聞いたことがない」73.7%、「使うことがある」5.5%。ところが、当時の16~19歳と20代の年齢層に限ると3割超が「使うことがある」。現在ではもっと上がっているのではないでしょうか。
 近ごろはドラマの題名にも使われている「バズ(buzz)る=SNSなどで一躍話題になる」など英語に「る」をつけて使う若者言葉がネット上に目立ちます。
 いま風の造語法のようにもみえますが、辞書編集者の神永暁さんは「江戸時代に、すでにこのようなことば遊びに近い感覚で新語が作られている」と著書「悩ましい国語辞典」で解説、例として「ちゃづ(茶漬)る=茶漬けを食べる」などを挙げています。
 「新しき言葉はすなはち新しき生涯なり」。島崎藤村は1904(明治37)年、「藤村詩集」の序にこう記しました。新しい言葉は私たち新しい世代が生んでいく――若き藤村の思いが伝わってきます。令和の若者はどんな新語を生むのでしょう。

朝日新聞デジタル 2019年5月18日
(ことばサプリ)ディスる 「茶漬る」のセンス、江戸から

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2019年5月16日 (木)

人生最期の1%

「人生の99%が不幸だとしても、最期の1%が幸せならば、その人の人生は幸せなものに変わる」
マザー・テレサの言葉

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