日記

2019年4月15日 (月)

椎茸の肉巻き

我が家の新メニュー。

Dc031015

椎茸以外に、左には大葉と餅、真ん中には大葉、右には大葉とチーズ、も入っています。酒肴にもピッタリの美味しい一品です。

| | コメント (0)

2019年4月 5日 (金)

安川緑道公園の桜

Dc040503

クリックで拡大します。今が盛り、花見をしている人多数。

| | コメント (0)

2019年4月 4日 (木)

花見2019&おます珈琲

Dc040413
晴天の今日、花見に行きました。平日にも拘わらず、結構な人出。

Dc040420
場所は広域公園。芝桜もありました。

Dc040423
向こうの丘には、市立大学や修道大学。

Dc040424
しだれ桜もソコソコきれい。お弁当を食べ、寛いだ数時間でした。

帰りに、おます珈琲(こちら)へ。
Dc040411
2種類購入(700円と680円)。以下はラベルに書いてある説明。
Bread blend (ブレッドブレンド)ーーパンに合うように作ったブレンド。優しく甘く、スッキリとした味わい。特にクロワッサンや食パンに合います。
おますブレンド――濃厚なコクと甘味。お店からのメッセージが込められたコーヒー。

明日から飲みます。楽しみ。感想は後日。

| | コメント (0)

2019年4月 3日 (水)

願船坊の朝活⑪&パン

今朝は願船坊の朝活(こちら)に参加、11回目なります。昨年の9月半ばが最初ですから、半年を超えました。家を出る時も明るくなっている季節になり、楽に出発できます。いつものようにまず、讃仏偈のおつとめ。次に住職のチェロ演奏、バッハ:無伴奏チェロ組曲3番から「サラバンド」と「アルマンド」、このアルマンド、いい曲です。朝のお寺の本堂、凜とした雰囲気で、心に染み入ります。三曲目は、季節にピッタリの「さくらさくら」。最後に、坊守さんのオルガン伴奏で、恩徳讃。

*****

今日の朝食は、急に行くことになったので準備なし。

Dc040308
偶々家にあったパンと果物を持参。
Dc040309
某所のキャラメルラテを添えました。
カフェラテにキャラメルソースを入れただけのもの。まあ美味。

| | コメント (0)

2019年3月29日 (金)

辺野古埋め立て反対だが・・

だって敵じゃないですから(元山仁士郎)
    ◇
辺野古埋め立てをめぐる県民投票の全県実施を訴えハンガーストライキを敢行した青年は、意見が対立しても「別の場所でも仲たがいする必要はない」と言う。関係はどこでも多層的。彼は容認派の人とも直(じか)に話せた。そこには、分断に終止符を打ち沖縄の未来をこそ考えたいとの共通の思いがあった。石戸諭のルポ「沖縄ラプソディ」(「ニューズウィーク日本版」2月26日号)から。

朝日新聞、鷲田清一による「折々のことば」 2019年3月28日、より

| | コメント (0)

2019年3月26日 (火)

平成最後の

既に何度か書きましたが、「平成最後の」には、ほとほとウンザリです。平成の最後に何か意味があるのか。今回は生前退位ということで前回とは違います。平成は突然やってきました。後から振り返って、「昭和は・・」、ならばまだ意味があるかもしれません。
もうすぐ新元号が発表され、どのような意味があるのかも判らない「〇〇最初の」が連呼されることでしょう。このときにこそ、平成を振り返るのがいいのではないでしょうか。

以下は、サライ連載の、金田一秀穂の「巷の日本語」、から。

いまひとつ実感が湧かない節目言葉
 平成最後のナンチャラ、というのが聞かれるようになったのは、平成最後の夏、というのではなかつたか。区切ることが大好きな日本人らしく、平成が終わってしまうから何かを残したい。楽しい記憶にしたい。若者中心に、要するに色恋どとを楽しみたいという、不謹慎な気分であったように思う。
 ただ、平成最後だから特にというのではなく、夏は楽しむべきであるという、毎年繰り返される強迫観念に支配されているのに過ぎなくて、それがたまたま、平成最後の年であっただけなのだが。
 同じ夏、地震や豪雨洪水、自動車や屋根が吹き飛ばされる強風の被害があり、さらに災害級の高温に見舞われて、日本を成立させている国土が、ひどく脆弱(ぜいじゃく)な自然条件下にあるということを自覚させられたが、その最中、毎年恒例の高校野球があった。
 甲子園の大会は、それが何年続いていようがどうでもいいように思うのだが、何回目であるかが強調される。昨年は第100回の記念大会であったという。99回目か100回目かは、それを運営してお金を儲(もう)けたり、便宜を得たりしているおじさんたちにとっては、節目を付けるとても重要なことなのかもしれないけれど、100回だろうが99回だろうが、高校生たちにとってはいずれ偶然に過ぎず、どうだっていいことだ。無理やり名誉なことだと思わされるのは、かえって迷惑なのではないか。
 節目の元締めともいうべき元号は、不便で面倒くさいというのは理解できる。私も平成はほとんど使わず、日付を書かなくてはいけないときは西暦を使っている。平成で書かされるようになっていると、仕方なく従ったが、そのたびに、平成何年なのか周囲の人に聞かなくてはならなかった。次の元号になったら、わからなくなる人がもっと増えるに違いない。
 ただし、元号は長い時間に節目をつける日本の文化でもある。生まれ年を元号で言えるのは日本人として育った人だけで、日本好きを示したい外国の人が、ことさらのように元号で生まれた年を言ったりすると、かえって違和感が生まれる。西暦のように単調につながっているだけの年を、元号で区切って考えることができるのは、節目があってわかりやすく思える。
 しかし、平成最後と言われても、ひとつの時代が終わるといぅ実感がほとんどない。昭和の時は、とても大切な時代が終わるという気分があった。今年、何が終わると思っているのか。次に何が始まると思っているのか。何か節目になることを、私たちは言葉の上だけでなく、感じているだろうか。
 後世から見れば、ここで大きな節目があるのかもしれないが、たまたまその年に立ち会っているだけの私には、何も見えず、いつもと変わらない正月があるに過ぎない。様々な平成最後のナンチャラがこれからしばらく開かれていくのだろうが、それが何だというのだろう。せっかくだから何かの節目を付けたいという、ごく軽い気分なのかなあと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019年3月24日 (日)

いのちは同じことのくり返し

当たり前のことをちゃんと続けるっていうのが、何でもいちばん大事なんじゃないですか。特別なことなんてなにもないの。(ふじこさん)
     ◇
東京の立ち食いそば店「ファミリー」の女将(おかみ)の言葉。吸う/吐く、食う/出す、覚める/眠る、働く/休む……。いのちは同じことの果てしないくり返し。だからその世話と下支え、休みない手入れが何より大事。仲間の食事を作ったり、職場の環境を整えたり、人を育てたり看病したり。エッセイスト、平松洋子の『そばですよ』から。

朝日新聞、鷲田清一による「折々のことば」 2019年3月23日、より

| | コメント (0)

2019年3月21日 (木)

お彼岸2019年春

Dc032112
お彼岸といえば、ぼた餅。お墓参りは早めに済ませました。
小豆は昔から大切な食材でした。赤色には魔除けの力があると言われていて、祝の席などに使われています。それで、お彼岸のお餅には五穀豊穣を、小豆には魔除けの意味を込めて、ぼた餅して、先祖への感謝と家族の健康を願ってお供えするようになった、そうです。

| | コメント (0)

2019年3月20日 (水)

願船坊の朝活⑩&パン

今朝は願船坊の朝活(こちら)に参加、10回目なります。6時半、既に明るくなっています。いつものようにまず、讃仏偈のおつとめ。次に住職のチェロ演奏、バッハ:無伴奏チェロ組曲1番から「メヌエット」と「ジーク」。三曲目は、ベートーベンによる、ヘンデルの「見よ勇者は帰る」の主題による変奏曲、卒業証書授与式のバックに流れる音楽です。今日本堂は、附属幼稚園の卒園式仕様になっていました。四曲目は、ドボルザークの我が母の教えたまいし歌 。最後に、坊守さんのオルガン伴奏で、恩徳讃。今日も元気に行動開始。

朝食は事前に用意したパン、今日はサニーサイドアップ(こちら)。

Dc031908_2
塩あんぱん、180円+税。
Dc031909
Dc031912_1
店名と同じ、サニーサイドアップ、250円+税。
Dc031913
Dc031910_1
明太フランス、280円+税。
Dc031911
Dc032001
某所にて、濃厚ココア(150円)と一緒に頂きました。

 

| | コメント (0)

2019年3月11日 (月)

「後」ではない

言わば震災後八年ではなく震災八年。

和合亮一(わごう りょういち)の言葉。
1968年8月18日生まれの詩人、福島市出身、福島市在住。

朝日新聞、鷲田清一による「折々のことば」 2019年3月11日、より

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧