日記

2018年10月 3日 (水)

朝活@願船坊(二回目)

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一回目(こちら)に書いたトラブルとは、写真中央の溝に車のタイヤを落としたことです。駐車場が判らないので聞くと、この道の先とのこと。狭いけれど何とか行けるかと思ったのですが。寺に居られた方々の多大なるご尽力で脱出できましたが、時間が掛かり朝活が大幅に遅れご迷惑をかけてしまいました。改めてお詫びとお礼を申し上げます。今日は予定通り6時半開始、内容の紹介を。

まず、讃仏偈のお勤め
最後の、「我行精進 忍終不悔」が前回から印象に残っています。
「努力精進し 決して後悔することはありません」
調べてみると、高倉健辞世の句はここからのようです。
「往く道は精進にして、忍びて終り、悔いなし」

次は、住職による朝コン(チェロ演奏)
グリーグのペールギュントから「ソルベイグの歌」
バッハの無伴奏チェロ組曲第1番から「アルマンド」
サトウハチロー作詞・中田喜直作曲の童謡「小さい秋見つけた」

最後に、親鸞聖人の著書『正像末和讃』にある恩徳讃の合唱
「如来大悲の恩徳は、 身を粉にしても報ずべし
師主知識の恩徳も、 骨を砕きても謝すべし」
前回は住職のオルガン、今日は坊守さん、美声です。

清々しい一日の始まり、いろいろ勉強して、今後も出来るだけ参加しようと思います。

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2018年10月 1日 (月)

栗拾い総括

周防大島に行きました、2018年9月25日、その6、ラスト。

すでに書いた栗拾いについての後日談。

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問題のない栗、数えると、77個ありました。

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虫食いの恐れのあるもの、これ以外にも少しあり、恐らく同じくらいあったのではないでしょうか。勿論全て皮むきをして食べました、というか、まだ食べ続けています。栗は美味しいですね。

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なんといっても栗ご飯、大好きです。

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渋皮煮、美味しい。

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甘露煮、これも旨い。

もうしばらく楽しめそうです。

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ところで、今日ニュースに出ていました。富田林の脱走犯、道の駅サザンセトとうわ、に滞在していたようです、それも、我々が行った日にも。実はすれちがっていたかも。スーパーボランティアが活躍した行方不明の二歳児といい、周防大島が何かと話題になっています。

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2018年9月25日 (火)

栗拾い@周防大島

周防大島に行きました、その1。

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本土(向こう側)と周防大島を結ぶ、大島大橋。島在住の友人から栗拾いのお誘いがあり、この橋を渡って参上しました。

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まずお宅で、奥様が作られた、栗きんとんと渋皮煮、凄く美味、栗好きの私、これが今日一番の感動でした。

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友人によると、今年は不作とのこと、でもたくさんあります。

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イノシシの被害が多いそうです。

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初体験で、要領よく出来ません。

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とはいえ、結局こんなにたくさん、プラス・・・・・

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虫食い、と、その恐れのあるもの、たくさん。

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この後、周防大島をうろちょろしました。それは後日に。

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2018年9月24日 (月)

秋のお彼岸2018

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お彼岸です。一昨日お墓参り。

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中日の昨日、自家製のおはぎを食べました。

此岸から彼岸に近づくことが出来るように、何をするべきか。

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今日は中秋の名月、残念ながら曇天。

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自家製団子を頂きました。

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お汁も団子入り。

いよいよ暑さも終わりでしょう。

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2018年9月22日 (土)

平穏死&仏像の半眼

今日(2018年9月22日))の朝日新聞 be on Saturday 4面

特別養護老人ホーム常勤医・石飛幸三 「(それぞれの最終楽章)平穏死:3 「1分でも長く」は愛情でなく執着」から抜粋

 事情はそれぞれです。親が生きていることで心の平衡を保ったり、介護が自らの存在証明になったりしている人もいるでしょう。しかし1分1秒でもただ長く生きてほしいと願うのは、愛情ではなく執着です。「不死身の人間はいない」という当たり前の事実を受け止めてほしいと思います。
 「情がない」「肉親でない者が理屈を並べているだけだ」と批判する人もいるでしょう。ポイントは医療を提供する、しないの判断に「その人のためになるのか」という視点が貫かれているかだと考えています。

二週間前にも引用したシリーズです。

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今日(2018年9月22日))の朝日新聞 be on Saturday 9面

宗教学者・山折哲雄 「(生老病死)死のプロセスへのこだわり映す」から抜粋 

 この国では仏像の半眼表現によって人間の死のプロセスをあらわすようになったのではないかと疑うようになった。病院で診断されるような心臓死や脳死という、点でとらえる死ではない。開眼から半眼へ、そして閉眼にいたる死の旅路をあらわす象徴としてそれが刻まれ、描かれるようになったのではないか、と。
 われわれは人の死を「もがり」という作法で送ってきたことを思いだす。「殯」と書く。人は死んで地に横たえられたあとも息を吹き返すことがある。だからしばらくのあいだは地上にそのまま安置し、生きているかのように横たえる。庶民の場合は3日ほど、・・・・・

半眼の仏像はわが国にだけ多くみられるとのこと。

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色々考えさせられる記事でした。

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2018年9月17日 (月)

敬老の日2018

敬老の日のプレゼント、遠くの孫(もうすぐ11歳)から。

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手作りクッキー、美味しく頂きました。
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近くの孫(三歳半)から。

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幼稚園の祖父母参観日に貰いました。

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昨日の記事に書いたパン教室で作った、ジイジとばあばの顔パン。
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あんこ入り、今朝美味しく頂きました。

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敬老の日は、祝日法によると、「多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」ことが趣旨。誰が敬愛し、祝うのか、主語がありませんね。最近、孫が祖父母にプレゼントを渡す日になってしまったような。まあ、年寄り扱いされるのがいやな人もいるので、孫からだったらあまり抵抗がないのかも。因みに、私は充分に老人だと自覚しています。だたし、あまり敬愛され祝われているとは思えませんが。

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2018年9月16日 (日)

親子パン教室

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天満屋緑井店のポンパドールがパン教室を開催。明日、敬老の日に向け、プレゼント用に、親子で祖父母の顔パンを作るという趣旨。11組が参加、我が家はジイジと孫ペアーです。

講師の指導のもとで作成。

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クマさん。

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パンダさん。

ゾウさんの写真撮り忘れ。

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ジイジ。

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バアバ。

作成1時間ちょっと。後は専門家にお任せ。2時間後の焼き上がり。

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発酵そして焼くと、大きくなっています。
お味の方は明日の朝のお楽しみ。
上2つがクリーム入り、パンダがチョコ、ジジババは餡こ。

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取りに行くと、この認定証を、店員さんが読んで渡してくれます。
A4サイズの立派なものです。

参加費1000円、楽しい経験をさせて貰いました。

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2018年9月12日 (水)

朝活@願船坊

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安佐北区可部三丁目16-4(191号別れから根の谷川の方へ)、にある、浄土真宗本願寺派のお寺、紫雲山圓明院願船坊。ここで、水曜日の朝6時半から朝活というものが開かれます。朝の本堂で手を合わせてお参りをし、チェロの音色に包まれる、という会。第十五代住職は秋津智承、広島のクラシック好きにはピンとくるでしょう、広響の主席チェロ奏者だった人です。今日初参加、清々しい一日の始まり、と言いたいところですが、今朝は私のミスでちょっとトラブルがあり、参加者の方々に迷惑をかけてしまいました。陳謝。またお参りに行こうと思うので、詳しいことは後日報告します。

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鐘楼の前にあります。

願すことば
可部の願船坊にゃ
聴聞が願すか願船か
願しゃ願すと話が願しょうが
願船けえ
願船ので願しょうて

お寺のホームページにある解説

可部の願船坊には
お説教があるのでしょうか、ないのでしょうか
あれば話がありましょうが、
ありませんので
ないのでしょう

真宗は法の聴聞をもって信者の本領とするゆえに、お寺での聴聞があるかないかを問い合わすのである。古来、可部は石州浜田方面から広島への主たる街道であった。外国人漂流者等を長崎へ送る街道となった。一般人の通交も激しく、可部は広島へ向かう最後の宿泊地であり、大いに賑わった。したがって、夜お聴聞にあうことも、楽しみの一つであったに違いない。

この言葉の意味するところを含め、色々勉強しようと思います。

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2018年9月 9日 (日)

平穏死

今日(2018年9月8日))の朝日新聞 be on Saturday 4面

特別養護老人ホーム常勤医・石飛幸三 「(それぞれの最終楽章)平穏死:1 誤嚥性肺炎製造工場からの脱却」から一部抜粋

血管外科の専門医として、手術して治すことに生涯をかけてきました。でも、それは先の人生がある人向けです。人生の最終章で、医療は不要になる時が来ます。人は苦しまず穏やかに亡くなっていくようにできています。この「平穏死」こそ、老衰で迎えるべき最期の姿なのではないでしょうか。

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去年から、人間臨終図卷(山田風太郎)、人間晩年図卷(関川夏央)、痛くない死に方(長尾和弘)、なんとめでたいご臨終(小笠原文雄)、といった本を読みました。上に引用した新聞記事と同じような内容が、書いてあります。下手な治療、というか無意味な延命措置、は苦しみを与えるだけ、自然に任せると人は穏やかに死んでゆく。このような死に方がいいと思います。そのためにはどうすればいいのか。考え中です。

最近の、豪雨、台風、地震、などは、傲慢な人間が自然に対して好き勝手なことをしている報いではないでしょうか。こちらも自然に任せる、自然を改変しない、という暮らしがいいのでは。

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2018年7月 5日 (木)

七夕展@宮島藤い屋本店

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一昨日、台風接近中に宮島に行きました。

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藤い屋で開催中の七夕展を見に行ったのです。

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堀研画伯は高校の同期生です。

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数年前まで市立大の教授でした。

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店の中あちこちに絵が並んでいます。

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もみじまんじゅうを食べ、お茶を飲みながら、優雅に鑑賞。

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藤い屋は奥の方に進むと海岸に出ます。

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宮島は外国人がいっぱいでした。アジア系ではなく欧米系。

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この後同期生数人と宴会、それについてはまた後日。

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