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2020年4月22日 (水)

朝日新聞 be on Saturday 2020年3月21日
(生老病死)死をも呑み込んで輝く「無」
山折哲雄(宗教学者)

 西田幾多郎は善の研究はやったけれども、そこから悪の門をくぐることはしなかった。これにたいして13世紀の親鸞は、人殺しのような悪を犯した人間がはたして宗教的に救われるのかという問いを立て、悪人救済の条件を考えていた。だが、このようなことについて西田は思索の矛先をむけなかった。善の哲学は、ついに悪の哲学に探針を下ろすことがなかった。
 『善の研究』が主題にした「純粋経験」は、人間が善に至るための究極の実践道だった。西田は禅の門をくぐり、座禅に打ちこんだ。心の状態を純粋に保つため、自と他の別をこえ、自然とのゆるやかな融合を求めて、一分のスキもない意識が芽生えることをひたすら期待した。主観と客観の対立を否定し、善と悪の対立、さらに生と死の別すらものりこえていく。こうして生への意欲も死の不安も沈静していく。その場面では悪とともに死の影すら跡形もなく拭い去られている。かわって登場してくるのが、悪と死の二つを呑(の)み込んで輝く、無限大の無という大文字だった。西田にとって、それは悟りの意識と見分けのつかないものだったにちがいない。以後、かれの思索はこの無の記号をめぐってらせん状に練り上げられていき、最後にたどりついた場所が「絶対無」という、何とも名状しがたい超越的な湿原地帯だった。
 思い返せば、この国には無の哲学、無の宗教といってもいいような伝統がいつごろからか根づいていた。その余韻のようなものがわれわれの日常の暮らしや習慣のなかに息づいていた。それがいつしか言葉のリズムにも反映し生命のリズムとなっていた。いってみれば、無という入り口も出口もない大風呂敷である。顔も背中もみせない底なし縫い目なしの大風呂敷だった。
 無という容(い)れ物のなかでは、どんな知識の主張も、いかなる情念の発火も、意志の突出もままならない、一切が無効を宣言され、すべてが白紙にもどされてしまう。悪も死もすべてがご破算の憂き目にさらされる。ここがこの国の人々のこころの琴線にふれる場所だったのだろう。
 いまも西田は、鎌倉にある東慶寺の墓地の一画に、無心ならぬ「寸心」の名を刻んだ自然石の下で眠りつづけている。

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