« shirakiku BLACK LABEL | トップページ | 麺処 井の庄 »

2019年11月15日 (金)

ゆっくりと老いてゆく

砂漠で孤独なのは、人間だけだ。(長田弘)

 光が拡散するばかり、「どこにも、動く影がない」アリゾナの砂漠に、天を仰いで点々と、そして堂々と立ち続け、静かに老いてゆく幾百本のサグアロ・サボテン。人もまた企(たくら)んだり飾ったり饒舌(じょうぜつ)になったりせず、寂しさや覚束(おぼつか)なさへの不安に身を苛(さいな)むこともなく、自らの「摂理」に従って生き通したいもの。詩「ゆっくりと老いてゆく」(詩集『世界はうつくしいと』所収)から。

朝日新聞、鷲田清一による「折々のことば」2019年11月12日

*****

ゆっくりと老いてゆく
長田 弘

微かな風もない。
鳥の影も、羽の音もない。
雲一つない青い空が
どこまでもひろがって、
見わたすかぎりの
砂の色、岩山の色を、
日の光が、微妙に揺らしている。
砂漠というのは、光の拡散なのだ。
灰緑色のクレオソート・ブッシュ。
刺のある花束のようなオコティーヨ。
砂の木であるメスキートの木。
どこにも、動く影がない。
けれども、見はるかす遠くまで、
澄みとおった大気のなかに、
点々と、何百本もの、
巨大なサグアロ・サボテンが、
天を仰いで、静かに、立っている。
もうすでに、この場所で、
二百年は生きてきた。それでも、
緑の巨人たちは、倒れる日まで、
この、無の、明るさのなかに
立ちつづけて、ゆっくりと老いてゆく。
悦ばしい存在というのがあるなら、
北米南西部、アリゾナの砂漠の、
サグアロ・サボテンは、そうだと思う。
穏やかに、称えられることなく、
みずから生きとおす、ということ。
砂漠にカタストロフィーはない。
摂理があるだけだ。

砂漠で孤独なのは、人間だけだ。

|

« shirakiku BLACK LABEL | トップページ | 麺処 井の庄 »

新聞雑誌など」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« shirakiku BLACK LABEL | トップページ | 麺処 井の庄 »