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2019年9月 5日 (木)

道徳的

 道徳的であるというのは、ひとことで言ってしまうと、「誰かが引き受けなければならない仕事があるとしたら、それは私の仕事だ」という考え方をすることです。というのが僕の意見です。
 それは別に合理的ではないし、フェアでもありません。でも、そういうふうに考える人が集団の中に何人か含まれていないと、人間は共同的に生きてゆくことはできません。これは断言します。でも、全員がそうである必要はない。何人かでいいんです。ほとんどの人は「誰かが引き受けなければならない仕事があるとして、それを誰がやるかは、みんなで相談して決めればいいんじゃないの」というふうに考えます。それでぜんぜん構わないのです。でも、そうやりかたは、場合によっては、それほど合理的ではない。
 だって、ものすごく簡単なこと、例えば、床に落ちているゴミを拾うとかいうことについて、それを誰がやるかについて、「みんな」で集まってもらって、「このゴミは誰が拾うべきか」について相談するなんて非効率すぎるでしょう。みんなに声をかけて、時間を調整して、会議室をおさえて、「誰がゴミを拾うべきか」会議を開くくらいなら、その暇にみつけた「私」がすいと拾って、ゴミ箱にぽいと放り込めばいい。

内田樹の研究室、のブログ 2019.09.03
道徳について、から(2/2)

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