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2019年7月 6日 (土)

日本の湿気

関東大震災を逃れ関西に移り住んだ谷崎潤一郎は、1931(昭和6)年に『恋愛及び色情』、33年になって『陰翳礼讃(いんえいらいさん)』というエッセーを矢継ぎ早に書いている。後者について言及する人は多いのにたいして、『恋愛及び色情』について問題視する論者はほとんどいなかった。しかし谷崎の人間や作品を知るうえで逸することのできない文章ではないかと私は考えてきた。なぜならそこには、日本人の性欲が西欧人のそれにくらべて弱いのは、風土的特質である湿気の強さによるという主張がのべられているからだ。西洋人の性欲は明るい太陽のもと、乾燥した大気のなかであくどいまでに追求されるのにたいし、われわれの性欲がそれほど「あくどく」ないのは、体質というより、風土、食物、住居などの制約によるのだろうと指摘している。『陰翳礼讃』もその延長線上に発想されたエッセーであることに注目したい。とにかく明るい光を否定し、深い闇に沈む豊穣(ほうじょう)な美を礼賛してやまず、いたるところ湿気に覆われる日本列島の宿命を意識しているからだ。このころ谷崎は、あたかも仮面を捨て去るようにいう。この湿気た国の日本人は、反(かえ)って消費を抑え、活動的で、気短で、負けず嫌いで、貧しさに耐え、それで近隣の大国から侵略され征服されることもなく、負けじ魂のつよい民族になったのだ、と。
湿気の多い、べとべとする不快な肌の感触をいいつのる谷崎の、憤懣(ふんまん)やるかたない表情がみえてくるではないか。「陰翳」を礼賛しながら、その舌の根の乾かぬうちに、「湿気」を呪うにくまれ口がつぎからつぎへと飛び出してくる。「陰翳」の美とは裏腹の「湿気」の臭気が鼻をついてくる。あの意表をつく日本人=負けじ魂の論もまた、とってくっつけた投げやりな言葉のようにみえてくるのである。
皮肉なことに、この国の批評の主流はこのような谷崎の心情を無視するかのようにすすみ、逆に『陰翳礼讃』をもちあげ、そこに日本美の芯を求めるような形で展開していったような気がしてならない。
『陰翳礼讃』の成功は、谷崎には予想外のことだったのではないか。本音を探ればむしろ明るい光の下に自分の性欲を全面的に解放したかったのではないだろうか。

朝日新聞 be on Saturday 2019年6月29日
(生老病死)湿気に覆われたこの国の宿命 山折哲雄(宗教学者)

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