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2019年7月 1日 (月)

乞食は三日すればやめられない

この頃は見られなくなった、戦中・戦後の盛り場には「右や左の旦那様」とあわれみを乞う乞食(こじき)が数多くいたものであった。関連していつ頃からいわれだしたのか、気になっている言葉がある。ただし、この種の流言は発言者が不特定多数という場合が多い。即ち「乞食は三日すればやめられない」である。
北海道「小樽新聞」の昭和十一年(一九三六)六月十一日のもので、小樽警察署の“鬼より恐い”特高が行った乞食調査の結果である。
「教育程度は大学卒業一、中学校卒業三、同中途退学五、高等小学校卒業十六、同中途退学十三、小学校卒業三十九、同中途退学九十五、無学十五。大学卒のインテリも『乞食は三日やればやめられません』と乞食に満足しているところに、常人では考えられない彼らの世界があるのであろう」
このときのたった一人の大学卒のインテリ氏が、この名言の最初の発言者ときめていいかと思う。それと、この記事から、中学校卒は今の高等学校卒とみて、このころの日本人の学歴の程度が察せられ、別の興味もわく。今もときどき出会うことのあるホームレスにおよそ「無学」なんていないであろうし、大学卒や高校卒はもっともっと数が多いのではあるまいか。
それに注意しなければならないのは、特高の警察官が「乞食に満足している」と観察しているところ。戦前の日本はややもすると暗鬱(あんうつ)で沈痛で貧困で生きづらい時代、と規定されやすいが、昭和十一、十二年頃は決してそうではなかったのである。満州事変のあった昭和六年からの軍需景気もあって、八年頃からの経済成長率は平均七パーセント、これは当時の世界最高で、“躍進日本”といわれていたのであり、昭和十二年の経済成長率は、なんと、二十三・七パーセントというではないか。戦後のバブル最盛期でさえ六パーセントであったことを思うと、なるほど乞食も三日やるとやめられなかったんだなあ、と了解できる気になってくる。

朝日新聞 be on Saturday 2019年6月8日号
(歴史探偵おぼえ書き)気になる言葉、その背景に <半藤一利>

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