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2019年3月26日 (火)

平成最後の

既に何度か書きましたが、「平成最後の」には、ほとほとウンザリです。平成の最後に何か意味があるのか。今回は生前退位ということで前回とは違います。平成は突然やってきました。後から振り返って、「昭和は・・」、ならばまだ意味があるかもしれません。
もうすぐ新元号が発表され、どのような意味があるのかも判らない「〇〇最初の」が連呼されることでしょう。このときにこそ、平成を振り返るのがいいのではないでしょうか。

以下は、サライ連載の、金田一秀穂の「巷の日本語」、から。

いまひとつ実感が湧かない節目言葉
 平成最後のナンチャラ、というのが聞かれるようになったのは、平成最後の夏、というのではなかつたか。区切ることが大好きな日本人らしく、平成が終わってしまうから何かを残したい。楽しい記憶にしたい。若者中心に、要するに色恋どとを楽しみたいという、不謹慎な気分であったように思う。
 ただ、平成最後だから特にというのではなく、夏は楽しむべきであるという、毎年繰り返される強迫観念に支配されているのに過ぎなくて、それがたまたま、平成最後の年であっただけなのだが。
 同じ夏、地震や豪雨洪水、自動車や屋根が吹き飛ばされる強風の被害があり、さらに災害級の高温に見舞われて、日本を成立させている国土が、ひどく脆弱(ぜいじゃく)な自然条件下にあるということを自覚させられたが、その最中、毎年恒例の高校野球があった。
 甲子園の大会は、それが何年続いていようがどうでもいいように思うのだが、何回目であるかが強調される。昨年は第100回の記念大会であったという。99回目か100回目かは、それを運営してお金を儲(もう)けたり、便宜を得たりしているおじさんたちにとっては、節目を付けるとても重要なことなのかもしれないけれど、100回だろうが99回だろうが、高校生たちにとってはいずれ偶然に過ぎず、どうだっていいことだ。無理やり名誉なことだと思わされるのは、かえって迷惑なのではないか。
 節目の元締めともいうべき元号は、不便で面倒くさいというのは理解できる。私も平成はほとんど使わず、日付を書かなくてはいけないときは西暦を使っている。平成で書かされるようになっていると、仕方なく従ったが、そのたびに、平成何年なのか周囲の人に聞かなくてはならなかった。次の元号になったら、わからなくなる人がもっと増えるに違いない。
 ただし、元号は長い時間に節目をつける日本の文化でもある。生まれ年を元号で言えるのは日本人として育った人だけで、日本好きを示したい外国の人が、ことさらのように元号で生まれた年を言ったりすると、かえって違和感が生まれる。西暦のように単調につながっているだけの年を、元号で区切って考えることができるのは、節目があってわかりやすく思える。
 しかし、平成最後と言われても、ひとつの時代が終わるといぅ実感がほとんどない。昭和の時は、とても大切な時代が終わるという気分があった。今年、何が終わると思っているのか。次に何が始まると思っているのか。何か節目になることを、私たちは言葉の上だけでなく、感じているだろうか。
 後世から見れば、ここで大きな節目があるのかもしれないが、たまたまその年に立ち会っているだけの私には、何も見えず、いつもと変わらない正月があるに過ぎない。様々な平成最後のナンチャラがこれからしばらく開かれていくのだろうが、それが何だというのだろう。せっかくだから何かの節目を付けたいという、ごく軽い気分なのかなあと思う。

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