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2019年2月 1日 (金)

自然のサイクル

おじいちゃん、おばあちゃんの最後のつとめは、孫や家族に自分が死ぬところを見せることではないか。(池田清彦)
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死がベールの向こうに置かれる。街には犬の死骸すらない。延命措置で、「いまわの際」をしかと看取(みと)るのも難しくなった。生と死は一続きなのに、死は見えなくされる。死を特別扱いせずに、死骸が鳥たちに啄(ついば)まれ、きれいな白骨となって「土に還(かえ)る」という自然のサイクルに心を留めるべしと、生物学者は言う。『ほどほどのすすめ』から。

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朝日新聞、鷲田清一による「折々のことば」 2019年1月31日

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僕の小さい頃、近親者の死は、子どもが直(じか)に見てました。昨日までいたおばあさんが今日はもういない。そのいなくなる、死んじゃった姿を目の前で見ていましたから、死というものが非常に具体的に自分の記憶に刻まれています。

池内紀 「すごいトシヨリBOOK」 p.203

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