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2019年1月16日 (水)

どうせ、いっそ、せめて

「どうせ」という認識を受けて、「いっそ」といくか、あるいは「せめて」とでるか (竹内整一)

どうせいつか死ぬなら、だめになるなら、散ってしまうなら、いっそこっちから先に見限ってやると言うのか、それともせめてこれだけは、今だけはと希(ねが)うのか。自分に言いきかせるのか、何かにすがるのか。「いっそ」と言いつつ「せめて」と希う、そんな「あわい」で揺らめくのが人性だと、日本思想史家は言う。人はつねに限界の前に佇(たたず)む。無常を論じた『ありてなければ』から。

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朝日新聞、鷲田清一による「折々のことば」 2019年1月14日

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