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2019年1月15日 (火)

「こころ」と「心」

 私は以前から、漢語の「心」と和語の「こころ」は、ほぼ千年のあいだ、この国の大きな言葉の山脈を形づくってきたと思ってきた。豊かな二つの大河の流れを生みだしてきたと考えていた。

 「こころ」という、柔らかな響き

 「心」という、奥歯をかみしめる声音

 二つの大河は同じ日本列島の大地を流れつづけてきたが、その両岸に展開する風景は刻々と変化をみせ、すこしも停滞することがない。

 「こころ」の岸辺には、われわれの日常的な喜怒哀楽のすべての姿が変幻きわまりない枝葉を茂らせ、花を咲かせている。「万葉集」に登場する恋の喜びや死の悲傷、「源氏物語」にあらわれる「もののあはれ」や「もののけ」、「平家物語」の「謡曲」を彩る死者や亡霊たちの叫び、などなど。「こころ」の世界の動きやはたらきは無限といえば無限、カオスの顔をもつ無常と非情の万華鏡そのものだった。

 「心」の岸辺ではどんな光景がみられるであろうか。その漢字表記にみられるように、お隣の中国文明の風光が匂い立ち、日本と中国のあいだを行き来した知識人の活動が映しだされているといっていいだろう。とりわけ仏教の導入に心をくだいた留学僧たちの役割が大きかった。

 比叡山に天台宗を開いた最澄は「道心」という言葉をもち帰り、高野山に密教の道場をつくった空海は「十住心」という新しい言葉をもたらした。中世の法然や親鸞は「信心」という言葉を大衆のあいだに広めている。道元は中国での修行によって「身心脱落」の新造語をつくり、日蓮もまた「観心」という瞑想(めいそう)作法を説いた。

 この「心」探求の伝統が、やがて14世紀の世阿弥の時代になって美的に洗練され、「初心」という言葉の宇宙を生む。世界でも稀(まれ)な、美意識としての「こころ」の誕生だった。

朝日新聞週末特集 be on Saturday 2019年1月12日号 9面
山折哲雄の (生老病死)「こころ」と「心」、二つの大河の流れ

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